おへそのおなか


私を最も愛した「腰パンズ」のマスダさん

 学校内での力関係、いわゆるスクールカーストに大いに影響を受けた中学生時代を過ごした。

 私が生まれ育った田舎の中学校はほとんど地元の小学生が集まってくるのみで、スクールカーストも小学校のものがほぼそのまま受け継がれる。それぞれの小学校のカースト上位勢が集まってはお互いを牽制し合い、入学後ものの2週間、淘汰の末に最上位カーストが形成されていく様を、私は棒人間がハードルを飛び越えるパラパラ漫画を作りながら見守っていた。

 田舎の中学校はとにかくコミュニティが狭く、最上位カーストが設ける掟は、校則をも凌ぐ勢いで浸透していく。例えばスクールバッグに大振りのマスコットを付けて良いのは最上位カーストのみ、名札をポスカでデコって良いのは最上位カーストのみ、スカート膝上丈は最上位カーストのみ……等、彼女たちにのみ許された風習あるいは奇習の数々があり、私含むカースト下位はただそれに頷く他、生きる術がなかった。

 中でも一層おかしな風習があった。

カースト最上位は、スカートの下に長ズボンを腰履きする

 今になって思えばその格好に一切のファッション性を認めることはできないが、当時はその狭いコミュニティでカースト最上位が良しとしていたものは絶対的に良しであった。少数民族が首を長くすることを、舌に大きなピアスを嵌めることを美しさとしたように。

 彼女たちはそのファッショナブルな格好から、自分たちを「腰パンズ」というクソダサグループ名で名乗り、幅を利かせた。狭い廊下でも物理的に幅を取り、移動中は横一列に広がって月末の女子高生でも一目置く低倍速で行進するので、腰パンズに追い付かないようのろりのろりと歩かなくてはならない。腰パンズに目を付けられたら、ここでは生きていけない……! 私はそう信じ切っていた。



 そんなカースト最上位の中にもリーダー、サブリーダーというものがあったようで、奇しくも私と同じクラスのマスダさんこそが、腰パンズのリーダーであった。当時は手紙交換という文化が根付いており、たくさんの手紙を貰うことが人気度を示すとされていた。まさかリーダーが人気度において他メンバーに引けを取る訳にはいかない。マスダさんは、無差別にクラスメイトに声をかけ「手紙交換しよ♥」と誘いかけたのである。その悪魔の誘いは、パラパラ漫画を休み時間の娯楽とする私にまでかかった。

 今思えば同じクラスに居るのに手紙も何もないだろうとは思うのだが、とにかく平穏に暮らしたかった私は、渋々マスダさん宛に当たり障りのない手紙を書いて渡したのであった。



 翌日には、マスダさんから手紙の返事が来た(手渡し)。明らかに適当に書いたであろう文章の少なさと、文字の汚さ。そこにはただ一文、殴り書くようにこうあった。



お手紙ありが㌧♪ポ太郎のこと一番好きなのはナナ(マスダ女史のファーストネーム)だからね♥



 戦慄した。

 十数年間生きてきて、その間世話を焼いてくれた両親、兄弟、その他小学校から親交のある友人たちを差し置いて、マスダさんが私のことを最も好きだという。私のこれまでの人生とは何だったのか。マスダさんの自己顕示欲を少しばかり満たすための親交こそが、私が受けられる愛の最大値だと言うのか。末恐ろしい女である。ありが㌧ではない。私はマスダさんの呪縛にかかったような気がして、家に帰ってすぐにその手紙を引き裂いた。どうかこの呪いが解けますようにと祈りながら、勢い良く布団を被って寝た。



 あれから10年以上の年月が経った。私を最も愛したマスダさんは今、何をしているのだろうか。彼女の名前をGoogleに尋ねてみても、更新のないFacebookページの中で、犬の耳を生やしながら可愛らしく舌を覗かせているマスダさんと目が合うのみである。