おへそのおなか


京都とあこがれと、目眩

 心を連れて帰るのに新幹線は速すぎるし、バスは自分勝手だから、鈍行列車で乗り降りを繰り返しながら岡山まで帰ることにした。


 分からない駅名が続く内は、旅の中に身を置いていられたけれど、生活になじみすぎた駅名のアナウンスが耳に触れて、ああ、終わったんだと思った。名残惜しいような気がした、でも、心残りを尋ねられても答えることはできない。色の薄い人生には余るくらいの楽しい時間を過ごして、それが流れていっただけのこと。通り慣れた改札を出て、マップに頼らなくても分かる道をたどって、アパートに戻る。この町が嫌いなわけじゃない。でもあの町に、京都にいる間は、夢を見果てずにいられる気がしていたのだ。結局、勘違いだったけれど。


 京都で過ごした数日間。その間に、たくさんのやさしさ、日常にとける無作為のやさしさに触れ、夢なんかではないことを知った。ここで暮らす人が、帰る家を持ち、暮らすための生業を持ち、最寄りのスーパーで安売りの野菜を見つけ、行きつけの居酒屋で友人に出くわし喜ぶーーそんないとしい生活を、自分勝手な、非日常のあこがれにせっせとはめ込み、出来あがった偶像をうっとりと撫で回し、私はそれを「京都」と呼んでいるのだ。


 鴨川を歩いた。お酒を飲んだ。ラーメンを食べた。蛍を見た。コーヒーを飲んだ。吉田寮に行った。歌を聴いた。本を読んだ。隣に人が居ることも少なくなかった。だけど私の隣にいる人はいつでも京都を受け入れていて、私は、大切につくりあげた歪な偶像が映し出す影としてしか、京都を見つけることができなかった。そしてそれは、情けないことに、夢が覚めた今でもなお同じである。


「京都に来たらまた一緒に飲もうよ」
「京都に引っ越してきたら教えてな」
「京都に住むならうちも空いてるよ」


 やさしい人たちが「京都」と呼ぶそこに、私は、永遠に住むことができない気がする。旅情を希望に曲解させる程の強いまぶしさに、目が眩んだままでいる。目眩を理由に、言い訳にして、一体どうしたいのだろう。