おへそのおなか


のろわれていて はずすことが できない!

 また歯科医院の予約時間を間違えた。これで3回連続だ。今回は11時の予約を10時と勘違いして早く着いてしまった(診察券にも11:00と書いてあったし、スケジュールアプリにも11:00と記入していたのに!)。

 受付で間違いに気が付いて「また来ます」と伝えると、受付の方が気を利かせて歯科医に相談してくれたんだけど、当然10時から予約している患者さんがいるので私の診察を早める訳にはいかない。わざわざ歯科医も受付に出てきて「すみません、また11時に」と頭を下げた。私もへこへこ頭を下げながら歯科医院を後にし、外に出てすぐに泣いてしまった。



 変な場面で涙が出る。

 

 中学生時代。保健体育のテストが返ってきた時に「排卵」を「俳卵」と書き間違えていたのにマルが付けられていたので、担任にそれを伝えた。担任はすまなさそうな顔をしてマルをペケに直した後、「ごめんごめん。きっと正直者にはいいことあるから」とのたまったのである。私はその場で泣いてしまった。

 傍目から見ればテストの点数が2点下がった程度でわんわん泣いている泣き虫だ。でも違う。私は私の行為が、正直者だと思われたくて、さらにはいいことを期待しての行為だと思われたのがつらくてたまらなかったのだ。



 いつだって、失敗すると誰かが慰めてくれた。

 失敗は成功のもとだよとか、人間万事塞翁が馬だよとか、正直者は報われるよとか、おそらくやさしいのであろう言葉の数々がなにひとつ受け止めきれなくて、いつしかそういう言葉は私ではなく、その人がその人自身にかけている言葉だと思うようになった。この人は失敗した私がどうにか報われる世界を信じていたいのだろう、真面目な人間が損をする世界は怖いから。

 いつからかそんな呪いが染みついてしまって、失敗した時、自分で自分にやさしいらしい言葉をかけるようになった。「大丈夫、物は考えようだよ」「うるせえよ、もう大丈夫でなんていたくないよ!」



 そして人は罪なく失われた命に冥福を祈り、凶悪とされる人間に地獄を望むのだろう、いやだよ、怖いよ、みんながやさしく暮らせる世界に行こうよ、もう疲れた、ギルティ、というかどうして歯科医院の予約時間を間違えただけでこんなバッドな落ち込み方をしなくてはいけないんだ、あーあ、でもそんなことってみんなあるよね、採算度外視の落ち込み、赤字覚悟、落ち込みのびっくり市、持ってけドロボー、あ、やめてください、慰めないでください、絶対に慰めないでください、泣くので、この失った1時間を絶対に有意義になんて使ってやるもんかと思ってブログを書きました、本当にごめんなさい……。歯医者さん行ってきます……。