おへそのおなか


2018年8月31日

・今日とか最近、思ったり思っていたりすること

 人のツイートを見て気付いたんだけど、8月31日だった。夏休みが終わる日である。今でも覚えているのは、小学校中学年の頃だったと思うんだけど、私は夏休みの宿題にまったく手を付けないままこの日を迎えてしまって、兄弟のみならず近所の友達にまで泣きついて一緒に宿題をやってもらった年のこと。日記まで人に書いてもらった。宿題全部で字体がばらばらだったので、先生に怒られるかと思ってびくびくしていたんだけど、結局なにも言われないままだった。

 「スマホ」と言うのが恥ずかしくて(「ホ」が妙に間抜けな気がする)そう略せないでいるんだけど、だからといってスマートフォンと言うのも気取っているようで恥ずかしい。幸い自分はiPhoneを使っているので、自分のそれを指す時にはiPhoneと言っているんだけど、いつかiPhoneではない人のそれについて言い表さねばならぬ場面が来たらなんと呼ぼう。ところで以前キュウソネコカミというバンドが好きな知人らがいて、そのバンドの中に「スマホはもはや俺の臓器」という歌詞が出てくる歌があるんだけど(『ファントムヴァイブレーション』という歌)、知人らが「やべっ、今日、臓器忘れたわ」「詰んでんな」「それな」と言って盛り上がっている時に、私は鼻をスンと鳴らしたことを覚えている。

 前述の『ファントムヴァイブレーション』もそうなんだけど、カラオケで人が歌っているのしか聴いたことがない歌というのがあって、back numberの『高嶺の花子さん』もそうだ。同期とカラオケに行くと誰かが必ずそれを歌うので覚えたけど、原曲はまだ一度も聴いたことがない。そういえば人とカラオケにも行かなくなったな。

 スターバックスのゴミが道に落ちているとやたら腹が立つ。スターバックスまで行っておいて道にゴミを捨てるなと思う。反対に、金麦に対しては穏やかな気持ちでいられるんだけど、これは単に自分が排外的なだけだろう。

 初めて処方された睡眠導入剤がよく効いて、中途覚醒をはさみながらも毎日7時間ほど眠れている。中途覚醒のたびに覚えている夢は大体悲しいから朝まで覚えてないように慌てて違うことを考える。だけど今日はうれしいことに、夢の中で初めてドアラに会えた! 遠くから見ているだけで、話したり、触れたりすることはなかった。それでもドアラはかわいかった。自分の見るドアラの夢が健全で安心した。あと、薬のせいか分からないけど、最近は体調がすぐれなくて、特に午前中は倦怠感がひどくて起き上がれない。これが案外いいもので、なぜだか体調が悪いと安心する。生きていても許されるような気になる。暗いなあ。

 人を信じられないと誰かが言っていた。信じる・信じないの軸に人を置くのはしんどそうだなあ、と思った。人を信じるって一体なんなのかしら。信じているといえば、私はウェイパーに多大な信頼を寄せている。以前、とあるプライベートブランドの袋麺醤油味5個入りが安いので買ってみたらなかなかおいしかったので、今度は味を変えて味噌味を買ってみたんだけど、こちらはいまいち。そこで付属の調味料を半量にし、ウェイパーを入れてみたところ劇的においしくなった、というかほとんどウェイパーの味になった。他にも、夜中なにか食べたくなったら湯にウェイパーを溶かして飲めば大体満足できるとかね。ウェイパーはすごいのだ。明日もよろしく頼むね。

 それでさっきお腹が空いて例のウェイパーラーメンを作って食べたんだけど、鍋を丼に移して、それをテーブルに運ぶのが面倒くさかったので調理台の上でそのまま食べた。背中を丸めながらラーメンをすすって、服に油が散って、ああ、こんな姿見られたくないなあ、でも行儀悪く食べるラーメンはおいしいなあ、と思いながら完食した。ネギを使いきってしまったのでまた買いに行かなくてはいけない。

 本を読むのは嫌いじゃないけど、文字を目で追うのが苦手というか、集中がまったく続かないので、点滴みたいにならないかなあと常々思っている。本に限らず、あらゆる知識・技能をなんらかの技術により抽出して液体化し血管にぶち込んでほしい。