おへそのおなか


2018年9月2日

 お腹いっぱいなにかを食べたい気がするけどなにが食べたいのかわからない、どこかに出かけたい気がするけどだれともすれ違いたくない。ぐだぐだぐだと無益と切り捨てるのに十分な時間を天井に見下ろされながら過ごしていたら、夕方だ。

 好物であるネギも切れていることだしなにも食べる気がしない。だからといって買いに行く気もしない。ようやく起き上がってアーモンド効果を今度こそ200ml程度慎重に注いで一気に飲み干した(昨日はこぼした)。9月になったので7月のままだったカレンダーをめくって部屋に8月を迎え入れた。8月が終わったからといって夏が終わる訳ではないんだろうけど、都合よく涼しくなったので、感傷にひたるにもちょうどよさそうだ。自分だって、感傷にひたるに足る程度の夏の思い出がある。働いていないのに。

 そもそもどうして「夏の思い出」ばかりが優遇されているのだろうか。春の思い出、秋の思い出、冬の思い出に比べるとやや特別な感じがする。それぞれに楽しい思い出があるはずなのに、夏の思い出だけ後光をまとっているようである。不思議だ。一度、夏のせいにしているJ-popの歌詞をまとめようとしたことがあるけど、みんな夏のせいにしたり、夏のせいじゃないと言い張ったりしていてややこしかったので諦めた。

 とか思っていたら夜になったので出かけた。

 しばらく会っていない友達に「会おう」と連絡して、それから、予定を立てるのがしんどいなと思って自分から断った。当たり屋かよ。本当にごめんなさい。

 涼しくて嬉しい。

 いつか誰かに「情緒が足りない」と指摘されたことがある。情緒にも才能があるんだろうか。あるんだとしたら、自分はそれに乏しいのだろうなと思う。そういうものが豊かであろう人のことがいつも羨ましい。一体どんな風に世界が見えているんだろう。

 夏休み最終日っぽいので哀愁でも分けてもらおうと思って夜の新幹線ホームでお酒を飲んだ。改札内のコンビニでお酒を買おうとして気付いたんだけど、改札内のコンビニには金麦がないのである、というか、安い酒が少ない。新幹線に乗る客は安い酒を飲まないのであろうか。仕方なく大好きなサッポロ黒ラベルをコンビニ価格で買った。日にちもあって、飛び込む人が出やしないかとすこしばかりどきどきしたんだけど、特にそんなことはなかった。新幹線のホームで誰にも見つからないように自撮りをした。散々長居をしたけれど夜ということもあって特に夏休みとは関係のなさそうな大人が表情もなく新幹線に乗り降りするのを眺めるばかりの時間となった。ビールをたっぷり時間をかけて飲んで、家に帰った。