おへそのおなか


2018年10月9日 死に記(ハードビスケット編)

 13枚目を過ぎてからまったくおいしくなくなったハードビスケットを、それでも惰性で食べ進めた。午前中に左側の歯を治療したので、今日1日はなるべく右側だけ使うようにと言われたんだけど、ハードビスケットはそんな制限が課された中で食べるものじゃなかったな。「だったら僕にちょうだいよ」首をかくかく振りながら鳩がうろつく。大切な大切なお金で買ったおやつだ、鳩になんてやるもんか。無視。

 あーあ、どうしてハードビスケットを選んでしまったんだろう。

 通りかかったドラッグストアでハードビスケット280gが100円で売っていた。安い。たしかに安いんだけど、大好きなチョコレートだってあったし、買わずに過ぎる好手もあったのに、そのどちらも選ばず私はハードビスケットを買ってしまった。どうしても我慢できずに店の近くにある公園のベンチで封を開けた。ほのかな甘みをぼりぼりと噛み砕く。おいしい。その時は、私はずっとこれが食べたかったんだと思った。

 しかし浮気な舌は5枚を食べる頃にはその甘みに慣れ、右側にばかり詰まるハードビスケットのカスに不快感を煽られ、食べれば食べるほどに口は乾き、咀嚼数が増え、とうとう13枚を超える頃にはなんの味もしなくなり、ただ右頬と顎に疲労を蓄積させるばかりの憎たらしい物体へと化けてしまった。喉を詰まらせながら29枚目を必死で飲み込む。その様子を面白がるかのように、また鳩が覗きにくる。

「もういい加減、諦めたらどう?」

 煽るような口振りにまんまと血が上る。「うるさい!」私は叫びながら鳩にぶつけるようにハードビスケットをぶちまけた。途端、集合がかかったかのように私の周りに集まる数百、いや、千にものぼろうかという鳩の群れ! 眼前が灰色がかった羽毛に覆われ、そのひとつを鼻で吸い込んでしまい、大きくむせ返る。待ってくれ、こんなに来るとは聞いていない、文句を言おうにも咳き込んで言葉にならない。憎むほどたくさんあったハードビスケットはあっという間に消え失せ食べカスひとつ残らなかった。餌にありつけなかった鳩たちが目をギラつかせながら私を睨む。ま、まさかッ! グァーッ! 私は死んだ! そして私の体は五臓六腑まで余すことなく鳩に啄まれ、誰の迷惑になることもなく鳥葬を完結するのであった。残った白骨は善良な市民に拾われ炊き出しの出汁に使われた。後に浮浪者は語る、「あの日のスープは苦かった」と。