おへそのおなか


そういうパターンもあるのかよ

 また、夜にアパートに帰った際、ちょうど同じタイミングで帰ってきた他の住民と鉢合わせたので、私は念入りに郵便受けを探ることでタイミングを遅らせます、どうかあなたがお先に……というテレパシーを送った。住民は足早に中へと入り、半ば駆け上がるかのようにして、部屋へと戻っていくのであった。

 これは私の数日前の出来事である。この時は私が他の住民に先手を譲り、郵便受けチェックで2階分以上差がついたことを確認した上でアパートに入った。これはアパート同時入室が危惧される場面でよく見られる行動である。だって他の人と一緒にアパートに入るのって、なんか気まずいじゃん。

 今日も私が買い物から歩いて帰ると、ちょうど駐輪場に自転車を停めている住民の姿を認めた。私はほぼアパートの入り口前、彼はまだこれから自転車にストッパーをかけ施錠をしなくてはならない。入室まではすこし時間がありそうだ。

 さて、ここで先手を取るか後手を取るかを瞬時に判断する必要がある。流れからいけば私が先手、もし後手に回りたいのであれば私は郵便受けをチェックする必要があるのだが、もしかしたら彼もまた郵便受けをチェックするかもしれない。その際、私はやたらねっとりと郵便受けをチェックしなくてはならないのだが、郵便受けはつい朝方チェックしたばかりでなにも郵便物が入っていない可能性がある。そうなると分が悪い。スッと先手を取っていれば郵便受けをチェックするはずの彼と差をつけて入室できたのに、わざわざ差を縮めてまで不利な先手を取りに行くことになってしまうのである。そんなリスクを冒さなくてもこのまま先手をとり、あとは彼がしっかりめに自転車を停め、施錠し、ついでに郵便受けをチェックすることを期待しよう。

「ここは私が先に入ります! ごゆっくり!」

 私は彼にそう念を送って手早くロックを解除し、ドアを開く。ひと段落かと思った。しかし階段を上ってもドアが閉まる音が聞こえてこないのである。

 ま、まさか!

 こいつ、私が解除したドアををそのまま通過してきた!?

 そんなパターンがあるのか。前の住民と、間髪開けずに入ることに気まずさを感じない人間が、同じアパートに住んでいるというのか。しかも私が積極的に先手(この競技においては基本的に先手が不利とされる)を取り駐輪手間取りチャンス、郵便受けチャンスを与えたにも関わらず、そのチャンスを棒に振って、1階分の差もつけずにかつんかつんと私の後を上ってくるのである。たいした図太さだ。

 圧倒的敗北感に打ちのめされながら自分の階まで上り、私はまた絶望を知る。

 こいつ、同じ階の住民じゃん。

 うわあ、しかも、隣の部屋じゃん。

 私は最後の悪あがきとして、ポケットからスッと出せる鍵がわざと見つからないふりをしてリュックサックの小ポケットを探り、入室に差をつけることを試みた。すると隣人もまた、鍵が見つからないらしく、体中のポケットをスッスッスススと探っているのである。馬鹿かよ。せめて最後までスマートで居ろよ。私も馬鹿かよ。スッスッススス。こうなったら先に鍵を見つけた方が負けだ。スッスッススス。夜はまだ、始まったばかりである。