おへそのおなか


2018年11月4日 往くおばちゃん来るおばちゃん

 今朝、買い物を済ませてスーパーを出ると、おばちゃんが駐輪場で自転車をドミノ倒しにするまさにその瞬間に立ち会ってしまった。あらら~と思っておばちゃんを見たら、おばちゃんもこちらに気付いたようで、ばっちりと目が合う。その場にはおばちゃんと私しかいなくて、倒れた自転車は1人で起こすには多すぎる量で、ま、自分もなけなしのモラルは後天的に獲得しているつもりなので、いっちょ助太刀に馳せ参じますかと、いったん自分の自転車に荷物を置きに行ったのだ。両手が塞がっていたら手伝うものも手伝えないからね。

 で、荷物を置いてすぐ現場に戻ってみると、おばちゃんがいない。見ると、おばちゃんは既に駐輪場を後にし、すいーっと自転車を漕ぎ始めているではないか。やられた。あのアイコンタクト、「あとはよろしく」のやつだったのか。

 とはいえ倒された罪なき自転車を置いてそのまま去るのも気持ち悪かったので、仕方なく倒れた自転車を起こしていると、後からまた別のおばちゃんがやってきて、「あら倒しちゃったの」と笑いながら手伝ってくれたんですよ。

 「私が倒した訳ではないのだが? むしろ私も加勢に来た側の純・良いヤツなのだが? 今この場におけるあなたと私のモラル値は同等なのだが?」と言い返しかけたんですけど、そんなことを言ったら相手を嫌な気持ちにさせるし、おばちゃんはそんなつもりで言った訳じゃないに決まってるし、何ならそのおばちゃん、たとえその場に私が居なかったところで、倒れた自転車を見つけたら何も考えずに起こしてたはずなんです。多分。頭より先に体が善行へと導く側の人間だったと思うんですよ。勘ですけど。もう、本当にね、そんな人に対してモラル値で競おうとか意地の悪い考えに至った時点で、人間として圧倒的敗北を喫しているんです。

 自分は性格が良くないので、何かが起こった時の感情の初動が悪に偏ってしまう。面倒くせーとか、だりーとか、口に出す前に押し殺してるだけで。でも、性格が良い人って、もう、感情の初動から透き通っているじゃないですか。面倒くせーも、だりーもなくて、人が困ってるから、とか、倒れてる自転車があるから、とか、登山家みたいな理由で善行を働くのだ。そりゃ敵いませんよ。そういう人間こそ信頼されて然るべきです。投了です。

 2人ですべての自転車を起こした後、「本当に助かりました。どうもありがとうございます」と言っておばちゃんと別れた。いつまでも元気に暮らそうね。


自転車の構造