おへそのおなか


2018年12月15日 遺骨は誰の目にも触れませんように

 いつだったか、『自殺をしないための99の方法』という本を読んだ。他の98項目はすっかり忘れてしまったけれど、ひとつだけ覚えているものがある。「空の浴槽に座ってみる」というものだ。自分が死ぬんだとしたら、その前にきっと空の浴槽に座ろうと思う。退屈な土曜日に言い訳をするために、今は脇に体温計をさして病人のコスプレをしています。こいつ、いつ測ったって「37.0℃」と言いやがるんだ。ポンコツですね。

 インターネットでみんなが1年を振り返っているのを見ると、人は死ぬんだなという気になる。年末の感じと、火葬場で祖母が焼かれている間に親戚たちで食事をしていた時の感じは似ている。私はカップのゼリーを食べた。底にへばりついたゼリーの欠片を舌ですくった。その間に祖母は骨になった。全員で「神妙な顔」芸をしながら太い箸で細い骨をつまんだ。遺体を見るとき人は悲しそうな顔をし、骨を見るとき人は神妙な顔をする。死んだ人間の骨をつまむ行為おもしろいけど、こういうことって言わない方がいいですよね。自分の骨は見られたくないな。

 死ぬことを希望に生きる日もあるね。今日はそれだった。気分の浮き沈みというやつである。明けない夜がないので嫌になる。

 卵をひとつ割って焼いて食べた。

(追記)
 どうでもいいことを追記する。ものを食べながら歩く行為、自分はよくやるし、もちろん人がやっていても気にならないけど、棒が刺さったものを食べているとひやひやする。みんな自分みたいに間抜けじゃないから大丈夫なんだろうけど、万が一すっ転んだら大変なことになっちゃう。友達が棒がついたものを買った時には、必ず立ち止まって食べさせる。